朝目覚めたとき隣でまだイギリスが眠っているのを見て、アメリカは感慨を深くする。
子供の頃はいつもイギリスに起こされていた。元々イギリスの朝は早い。会議のためにアメリカの家に泊まる時でも、翌朝家主のアメリカが起きてきた頃にはイギリスは既に完璧に身だしなみを整え終わっている、なんてこともそう珍しくない。朝にイギリスの寝顔を見ることができるようになったのは、こんな関係になってからだ。
いつもならばイギリスの前髪を指に巻き付けて引っ張ってみたり太い眉毛をさわさわと弄ったりして、その刺激で目覚めた彼の真っ赤になった顔を堪能するのだが(夜は大胆なくせにイギリスは何故かこの手の軽い戯れには極端に弱い)、アメリカはふと何かを思いついてイギリスを起こさないようそっとベッドから抜け出した。
「んー……」
覚醒しかけたイギリスの鼻腔を嗅ぎ慣れた種類の香りがつく。まだ重怠さの残る身体で寝返りを打つと、ちょうどアメリカがベッドサイドテーブルにトレイを置いたのが視界に映った。
「イギリス、起きたのかい? なんてグッドタイミングなんだろうね」
「アメリカ、なにしてたんだ?」
そう言いながらイギリスが肘で上半身を支えると、すかさずアメリカがティーカップを差し出した。
「これ、お前が?」
先程からしている香りはこの紅茶のものらしい。
「君、家では朝起きてすぐに紅茶を飲むんだろ?」
イギリスは身体を完全に起こすとアメリカからカップを受け取り、紅茶に口をつけた。
「――何だよこれ! くそ不味い茶なんか淹れんじゃねーよばか!!」
そのままカップをアメリカに投げつけなかったのは、すんでの所でイギリスの理性が働いたからだ。
「ひ、ひどいじゃないかイギリス!」
「うるせぇ、目覚ましにしても苦すぎて飲めたもんじゃねーんだよ!」
イギリスは怒り狂った。料理はとことん駄目なイギリスだが、紅茶の味に関してだけは確かな舌と腕を持っているのだ。もし寝起きでなかったら香りの段階で判ったかも知れない。
夫がベッドにいる妻に紅茶を運ぶという習慣を真似てみたのに、それが裏目に出てしまったアメリカはすっかりしょげかえってしまった。
「で、一体何をどうやったんだ」
「やかんに水とお茶の葉を入れて火にかけたんだけど……」
「はぁ!? それは薬草煎じる時のやり方だぞ」
「でも俺、その方法しか知らないんだぞ」
アメリカの言葉にイギリスは昔のことを思い出した。幼いアメリカはイギリスから貰った紅茶の淹れ方が判らず、鍋で茶葉を煮ていたのだ。見かねたイギリスがいつも自分で淹れてやっていたし、独立以来アメリカはすっかりコーヒー党になってしまったので、未だに正しい紅茶の入れ方を知らなくてもおかしくない。おかしくないのだが、イギリスにはそのこと自体が腹立たしいものであり。
「おい。お前は今日休みだったよな?」
「そうだぞ。久しぶりにイギリスと休みが重なったから、君をうちに呼んだんじゃないか」
「だったら、俺が帰るまで紅茶の淹れ方の特訓な」
「えぇ!? せっかくの二人の時間をそんな事に使うのかい?」
アメリカは抗議の声を上げたが、イギリスは聞く耳を持たない。彼にとって紅茶を淹れることは嗜みのひとつであり、自分が育てたアメリカがそれを出来ないのに我慢ならないのである。
「まずは紅茶のチェックだな。コーヒーばっか飲んでるお前の事だから、さっきの葉もかなり古いんだろ?」
「まぁ……昔リトアニアが買い置きしていたやつだから」
「古すぎだばか! 買いに行くからお前車出せ」
それなら上手く持っていけばデートになる、とも思いながら、やはり次こそは美味しいアーリーモーニングティーを愛しい人に運ぶのだとアメリカは自身に誓った。
- 了 -
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