「――パンケーキじゃロウソク立てられないなぁ。失敗したかな?」
ねぇクマ吉さん、とカナダがペットの白いクマに訊くと、きょとんとした顔で「誰?」と返された。
「カナダだよ。まぁでも、僕の年だと何本立てて良いかわからないし、メイプルシロップ美味しいしね」
そう言いながら、カナダはメイプルシロップの瓶を傾ける。琥珀色の液体が何枚も重ねられたパンケーキの表面を流れ、部屋じゅうに甘い香りが広がった。
カナダは、フォークとナイフを構えると小声で歌い始めた。
「ハッピーバースデー・トゥー・ミー、ハッピーバースデー……」
実は、今日はカナダの誕生日である。それなのに何故、彼がペットの本名・クマ二郎とふたり(?)きりなのかと言うと、どうせ一緒に祝ってくれる相手なんていないからだ。
昔、何度か誕生日パーティーを開こうとして招待状まで出したことがあるのだけれど、悲しいかな会場には誰も現れなかった。カナダにとって大変不幸なことに、彼の兄弟――とにかく態度も主張も存在感も他を圧倒するほど大きいアメリカの誕生日が、僅か三日後に控えているのだった。各国はアメリカの開催する大々的な誕生日パーティーに気を取られ、あまり、と言うより殆ど目立たないカナダのことなどすっかり忘れてしまうのだろう。尤も、誕生日に限ったことではないので、カナダはすっかり諦めているけれど。
「あれ?」
いよいよカナダがパンケーキを食べようと身構えたとき、玄関の呼び鈴が鳴った。
「速達か何かかなぁ? クマ之助さん、ちょっと待っててね」
カナダはパンケーキをじっと見ているクマ二郎に言い含め、玄関に向かった。
「どちらさまですか? ――ほわぁ!?」
突然、突きつけられた花束に金田の声が裏返る。
「Bon anniversaire!」
花弁のあわいから覗いた顔は、やや軽薄に見えるが整った伊達男のそれで。
「フランスさん!?」
どうして、と驚くカナダに向けてフランスはウインクした。
「今日はお前があのいけ好かない紅茶男から解放された日だからな」
「あ、有り難うございます」
花束を受け取ったカナダはしかし、でも、と口ごもる。
「フランスさん、今までお祝いに来てくれたこと無かったじゃないですか……」
ばれたか、とでも言いたげな表情でフランスは、先程まで花束を持っていたほうの指で顎を掻いた。
「あー……まぁ、お兄さん別に忘れてたってわけじゃないんだけど、いつもこの時期はアメリカがプレゼント寄越せってうるさいからなぁ……」
やっぱり、とカナダは肩を落とした。
「じゃあ、なんで今年は?」
「アメリカの誕生日パーティ、今年は中止だからな」
「そうなんですか?」
カナダが問うとフランスは、「連絡の手紙来てただろ」と言った。確かに最近アメリカから手紙が来たけれど、例年通り誕生日パーティーの招待状だと思って、カナダはそれを手紙挿しに入れたままにしていた。
「アメリカの奴、毎年バカみたいに楽しみにしてるのに、どうしたんだろう」
昨年の誕生日パーティのとき、来年のケーキは蛍光グリーンにするぞ! と元気よく語っていた兄弟の顔を、カナダは思い出した。
「今年は本当に祝ってもらいたい奴と二人きりで過ごせるから、だってよ」
フランスはそう言って悪戯っぽい表情を浮かべた。
「ああ、そうでしたね」
あのとき遠慮がちに入り口から中を覗っていた、かつて自分達の保護者であったひとの姿を思い浮かべ、カナダも微笑んだ。
「だからお兄さん暇になっちゃったし、ならカナダに美味しいケーキでも焼いてやろうと思ってな」
フランスは、反対の手に提げていた紙袋をカナダの目の前に掲げた。
「わぁ!」
フランスの作るお菓子は絶品だ。カナダの頬が興奮で僅かに紅く染まる。
「あ! こんな玄関先に立たせちゃってすいません!」
カナダは慌ててフランスを家の中に招き入れた。クマ二郎はカナダに言われたとおり、パンケーキを目の前にして大人しく待っていた。それを見てフランスは「ぎりぎり間に合ったな」と笑い、袋から出した箱をテーブルに置いた。
「ほらー、お前の好きなメイプル味だぞ」
箱を開けると、そこには繊細なデコレーションが施された薄茶色のホールケーキがあった。だがカナダが驚いたのは、もっと別のところだ。
「これ、いつもフランスさんの誕生日に出されてる奴、ですか?」
フランスの誕生日は今日から二週間後だ。その際に開かれるパーティーにも、カナダも毎年出席している。フランスはアメリカのように凄い色の巨大なケーキをどん、と置くのではなく、もっと一人分の大きさのケーキを何種類も用意していた。美食の国のこだわりだろう。
「そう。他のとの兼ね合いでいつも小さいのしか用意してやれなかったけど、今回は大きいの焼いてやったんだからたくさん食べろよー」
「まさか、これ」
カナダは思い出す。そう言えばメイプル味のケーキはいつも、カナダが誰からも忘れられて一人ぽつんと立っているとき、横から差し出されるのではなかったか。
「僕へ誕生日プレゼントだったんですか? 毎年?」
「なーんか、ついでみたいな形になっちまって、ちょっと悪いとは思ってたんだがなぁ」
ふぇ、とカナダが妙な声をあげる。
「おいおい、感動しすぎるのは良いけど、泣く前に先に一口食ってくれよ?」
フランスがカナダの髪を昔のように撫でてやると、遂にカナダは感極まってしまった。
そんな二人を、クマ二郎はテーブルの上のお菓子と交互に眺めていた。
- 了 -
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