プレゼント

08/07/04

「はぁ……」
――やはり昨夜もよく眠れなかった。
 イギリスは疲労感の残る体をソファに沈め、どこか落ち着きの無い所作で端のほうに置かれた刺繍枠を手繰り寄せた。枠に張り巡らされた布には何色もの微妙な色合いの糸で刺された薔薇が咲き初め、あとは瑞々しい葉を付けられるのを待つばかりだ。
 それは、イギリスの手腕ならば造作も無いことだろう。しかし針を摘む彼の指先は震えていた。どうしても意識がぶれてしまう。
 サマー・クォーターに入るこの時期、イギリスが夜眠れなくなるのは例年のことだった。食欲は落ち、気も塞ぎ――とにかく、碌な体調にならない。それはあの雨の日を200年以上も引きずっているイギリスの未練がましさの表れであったが、今年はいささか事情が異なっていた。
「あっアメリカの奴、あれまさか本気じゃねぇよな?」
 調度の影に隠れるようにしてこちらを見ている妖精はくすくすと笑うだけだ。
 イギリスは、先日アメリカに誕生日プレゼントを乞われたときのことを思い出し、遂に刺繍道具を放り投げた。代わりに掴んだクッションに顔を埋め、意味不明な唸り声を上げる。
「イギリス、それすごーく変な声だぞ!」
「うわ!?」
 何でアメリカ、と言おうと顔を上げた矢先、クッションを取り上げられてしまう。
「約束どおりプレゼントを貰いに来たんだぞ!」
「ちょっ、それマジだったのかよ!? っつかお前パーティーとかの準備で忙しいんじゃねぇのか!?」
「今年はそういうの全部中止にしたぞ。各国に連絡したはずなんだけど」
 君手紙読んでなかったのかい、と言うとアメリカは、イギリスの身体をソファから掬い上げてしまった。
「ちょっ、降ろせよばかぁ!」
「やーなこった☆ これから君を持って帰らなきゃならないんだからね!」

『今年のプレゼントには君をくれよ!』

 やっぱり本当だったのかマジかよ夢じゃねぇのか、とイギリスの思考はぐるぐる回る。
「俺、最近ニューヨークのアパートに引っ越したんだ。良いところなんだぞ」
 どうせイギリスは気に入らないだろうけどね、とアメリカは意地悪く言って、イギリスの額の髪を払い軽く口づけた。
「今日は一日ずーっと一緒だぞ。何ならまずいスコーンを焼いてくれたって構わないよ」
「おまっ……何、で」
 イギリスにとって、アメリカから自分の何かを求められるのは彼が未だ小さな弟だった時以来のことで、理性も感情もオーバーヒート寸前だ。
 だって、信じられない。
 アメリカに愛されている気がするなんて。
「イギリスがやっと俺を一人前の男だって認めてくれたからだぞ。去年君がうちに来てプレゼントをくれたとき、俺がどれだけ嬉しかったか解るかい? 君が俺のこと大好きなのは解ってるし、もう弟じゃないなら遠慮なんかしないんだぞ。独立するって決めた時から、一番欲しかったモノだからね――ああ、でも」
 アメリカは、イギリスの顔を覗き込んで微笑んだ。柔らかいその表情は、まるで出逢ったばかりの頃を思い出させて。
「君の植民地になった時にはもう、君は俺のモノだと思ってたな」
「はぁ!?」
「この人には俺がいなきゃ駄目なんだ、って思ったから、あの時フランスじゃなくて君を選んだんだぞ。当たってるだろう?」
 その通りだばか野郎、と上手く声に出せなくて、イギリスは近づいてきたキスの予感を前に、ぎゅっと目をつぶった。

- 了 -


 また物凄くありがち。米は出逢った時から既に英に関して独占欲の塊だと良いと夢見ています。

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