「ったく……またこんなに散らかしやがって」
アーサーは呆れの多分に含まれた溜息を吐きながら袖をを捲くった。アルフレッドの書斎とは名ばかりの部屋には机にも床にも、雑多なものがそこかしこに転がり、或る種猥雑な雰囲気を形成していた。
勝手知ったる他人の家のこと、アーサーはせめて整然と並べるだけでも違うだろうとまず床から片付け始めた。
床に落ちたものが一通り無くなると、次にアーサーは書斎机を見た。そこには中に砕いた岩石らしきものが入れられた浅い紙箱が多く置かれていた。根っからの文科系(と言うと「お前はどう考えても体育系だろ、暴力反対!」と隣人が訴えるだろう)アーサーには見なれぬそれらは恐らくアルフレッドと親交のあった教授が退官の際に思い出の品として譲ってくれたという鉱石標本だろう。見れば地味な灰色のイメージとは相反した目の覚める色の結晶が目立つ。アルフレッドの瞳に良く似た碧の標本にはクリソコラと手書きで記されたラベルが入っていた。
標本を傷付けぬようアーサーは慎重に紙箱を動かす。教授は南北米の鉱物を中心に集めていたのかラベルに書かれた地名には見覚えのあるものが多い。合衆国にはこれほど多彩な結晶が産出するのかと石炭ばかりが目立つ英国に住むアーサーは思った。
「……綺麗だな」
世が世なら海賊としてこのような結晶を削った宝石を略奪し己が衣装を飾り立てていただろう。あの、僅かに紫がかった華やかな紅はルビーだろうか?
好奇心に駆られたアーサーは少しだけならとその標本を母岩ごと自分の掌に載せた。意外にもそれはルビーではなくビクスバイトと言う聞いたこともない鉱物だった。
「アーサー! また勝手に俺の部屋に入ったのかい!?」
「ドア開けっ放しにして汚ねぇ部屋晒してるお前が悪い。日頃からこまめに整頓しろって言ってるだろ」
アーサーが小言を言うとアルフレッドは、聞きたくないとばかりに両耳を手で塞いだ。
「あーあーあー聞こえないぞー!」
「聞けよばか!!」
無理矢理アルフレッドの手を外してアーサーが怒鳴ると、驚いたのかアルフレッドは肩を大きく震わせて閉じていた目を見開いた。
「み、耳元で叫ばないでくれよ! 鼓膜が破れちゃったらどうするんだ――あれ? ア、アーサー?」
アルフレッドは信じられないものを目にしたかのように、碧い双眸を瞳がこぼれ落ちそうな程見開いた。
「?」
「君、昨日の夜は徹夜でもしたのかい? それとも目の病気?」
「はぁ?」
訝りながらもアーサーは、紳士の身だしなみとして持ち歩いている携帯用のミラーで自分の顔を見――そして、紳士らしからぬ叫びを上げた。
「べあああああっ!? な、何だこれ!?」
アーサーの瞳の色は、紫がかった鮮烈な紅に染まっていた。
決して充血によるものではない。異界から呼ばれた存在の瞳であればこのような色も有り得ようが、人にあらずとも器は人の域を出ないアーサーには己が空恐ろしく思えるほどであった。
- 続く -
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