Arthurine - その1

07/09/28

 いっそ女だったら楽だったかもしれねえ。
 そう思ったのは確かだが、まさか現実になるなんて。

「え……何だよこれ」
 呟いた声のトーンが高い。いつもの俺の声じゃない。
 着ていたブレザーやシャツの袖周りはぶかぶかだしズボンの丈も余っている。何より身に覚えの無い、この長い髪。
 生徒会室に泊り込みで仕事してて、やっと仮眠が取れたと思ったら――目が覚めたら何かおかしな事になっている。
 とにかくまずは鏡を見ないと。そう思って俺はズボンの裾を引きずりながら一番近い男子トイレに入った。

 そこの鏡で見たものは、どこからどう見ても女にしか見えない自分の姿だった。

「う、嘘だろぉ……痛ぇっ!」
 まだ悪い夢でも見てんだと思って頬を抓ってみたが、現実は無情だった。
 何か身体のサイズは二回りぐらい縮んでるし、手首のあたりも細くなっている。喉仏も無い。なのに何で髪の毛は伸びてるんだ。
「ほんとに女になっちまったのか――?」
 俺はブレザーとベストを脱ぎ、おそるおそるシャツのボタンを外してみた。
「たいした大きさじゃねえな……」
 何故かやたらへこんだ。
 どうせ胸があるならなら巨乳の方が良かった。巨乳は男のロマンだ。そこは譲れねえ。
 もしかして元の体型が貧弱だと馬鹿にされてるせいなんだろうか。だとするとドイツやギリシャあたり結構凄そうだな。
――なんて現実逃避してる真っ最中、ドアが開かれた。
 い、今の俺は誰から見てもやばい! 男子トイレの中で男子制服半脱ぎの女だなんてどこの変態だ。
「あ、あの……」
「うわあぁああ! て、てめ……って日本?」
 良かった、日本なら随分マシなほうだ。もし欧州組の連中や俺の植民地だったりしたら、俺はこの場で舌を噛み切って死んでいただろう。だがこの場の言い訳をしなきゃなんねえのには変わりない。
「違うんだ、別にここで変態行為を働いてたわけじゃなくて、ただちょっと確認したくて――」
「あなたはもしかしてイギリスさんじゃないですか?」
「ええっ、何でわかったんだ!?」
「今抱えてらっしゃるブレザーの襟章、生徒会のものじゃないですか。それに顔のパーツは女性化されているとは言えイギリスさんのものと判りますし。主に眉毛で」
 そ、そうか、眉毛か……。それにしても日本の奴、やけに落ち着いてるな。俺だってまだ動揺してんのに。
「日本。お前、なんでそんなに冷静なんだ?」
「まぁ最初は驚きましたけど、イギリスさんなら何が起きても不思議じゃないですし」
「俺そんな風に思われてたのかよ……」
「とにかく、ここを出て倉庫に行きませんか? まだ早朝ですからイタリア君もドイツさんもいないはずです」
 確かに、この姿を他の奴に見られたらまずい。また舌を噛み切る事を考えなきゃならなくなる。
「日本は何でもう登校してるんだ?」
「毎朝素振りをしているんですよ。身体がなまってしまいますからね」
 俺は日本が時々大事そうに抱えているカタナを思い出した。多分戦ったら手ごわいだろう。日本とはそんな事にはなりたくないが。
「ほら、まずはシャツのボタンを留めるかブレザーを着てください」
「あ、ああ」
 注意された俺が慌てて服装を正すと、日本は俺を倉庫まで引っ張っていった。

 ただの物置だったはずの倉庫はやたら綺麗に片付けられていた。ドイツと日本が使えば、そりゃ当たり前か。何か散らかった一画があるが、まぁ敢えて突っ込むのはやめとくか。
「とりあえずイギリスさんの欠席は私が欧州組に連絡しておきますね」
「そうしてくれると助かる」
「理由は徹夜で生徒会業務をしていて体調を崩した、で構いませんか?」
 まぁ確かにその通りなんだよな。体調崩すどころか性転換しちまってるけど。
「ああ。それで帰るところでお前に遇った事にしといてくれ」
 寮の方が気にはなるが、授業時間のあいだに勝手に俺の部屋に踏み込める奴はいないだろう。放課後の心配はあとでするか。
「イギリスさん。今の格好では目立ちますからこれに着替えてください」
 日本が差し出したものを受け取った俺は驚く。
「これ、欧州組の女子制服か?」
「ええ。本来なら他の組の方が良いんでしょうけど、あなたのその金髪は阿弗利加組や亜細亜組では浮いてしまいますから」
「確かに――じゃねえ! 何で日本がこんなもの持ってんだ!?」
「資料用です」
 日本は笑顔で断言した。何故か有無を言わさない迫力がある。
「服飾デッサンでもするのか?」
「ええ、そんなところです。着替える場所はあそこに積まれたダンボールの向こう側を使ってください。それと、これを」
 日本はそう言って茶色い紙袋を女子制服の上に載せた。

「流石にユニオンジャック柄のトランクスはマイクロミニからはみ出てしまいますからね」
 俺が元々着ていた服を畳んでくれるのは有難い。有難いんだが。
「あ、あんまりじろじろ見んなよばかぁ! くそ、何かスースーする……」
 マットに座り込んだ俺はスカートの裾を引っ張ったが、布が引き攣れるだけで事態はちっとも改善されなかった。
「座り方には気をつけてください。中を見られてしまいますよ」
 中、ってのは今俺が履いてる縞柄のパンツの事か。紙袋の中を見たときは一瞬、卒倒するかと思った。日本はこれも資料だと言ってたが、一度漫研の活動内容を監査したほうが良いかもしれねえ。
「イギリスさん。ちょっと失礼しますね」
 どこから出してきたのか、ブラシを持った日本が俺の髪の毛を梳かして頭の左右の高い位置でくくった。
「あとはこの眼鏡を掛けた方が良いですね。それだけで元の顔立ちが判りにくくなりますし――よし、金髪ツインテールのツンデレ眼鏡、完璧です!」
……何だか日本の目が嫌な感じに輝いていたが、本能が危険を察知して俺は何も言わないでおくことにした。

- to be continued -


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