「そろそろホームルームの時間ですから私は亜細亜組に行きますが……」
「俺もここを出たほうが良いんだろうな」
「ええ、お腹を空かせたイタリア君がここに置いてあるお菓子を取りに来るかもしれませんし」
イタリアの奴、たまに教室にいないと思ったらそんな理由でサボってたのか。
「あいつ一度シメたほうが良いかもしんねぇな」
「あっ、あの、イタリア君はちょっと集中力や注意力に欠けているだけで悪い人じゃないんです。あまり酷いことは……」
日本の台詞はどこかで聞いた事がある――そうだ、フランスの野郎も同じような事を言ってたな。イタリアはヘタレで弱いくせに、どうも他の国から嫌われないのは何でだ? それに比べて俺なんか……。
「イギリスさん。すごい顔をされてますよ」
「うっ」
「それはさておき、貴方はあまり校内を歩かないほうが良いでしょうね」
「ああ。あまり生徒が来ないところにでも避難するつもりだ」
多分、俺以上に校内に精通している奴はいないだろう。伊達に生徒会長をやってるわけじゃねぇ。
「では、私はもう行きますが、何かあったら連絡してくださいね。誰かに素性を訊かれたら日本領と誤魔化してくださって結構ですから。その時は適当に話を合わせます」
「日本……」
俺は日本の親切さに感激した。ちょっとつっこみたいところはあるが、この際どうでもいい。
「私達は友達でしょう? 私は今でもそう思っていますけど」
「ほんとサンキューな。男に戻ったら何か礼しねえと」
「その時が来たら、ちょっと協力していただければ結構です――ちょっと、ね」
日本とは時間差を置いて倉庫から出た俺は、授業時間中で誰もいない廊下を歩き図書室を目指した。
「やっぱりこの、スカートが慣れねえな」
第一、校則の規定よりかなり丈が短いんじゃないか? 今オーストリアに見つかったら、俺だとばれる以前にネチネチ説教食らいそうだ。あいつ俺より服装にうるさいからな。
まぁ図書委員ですら滅多に入らない閉架書庫にでも隠れてりゃ、日本の授業が終わるまで他人に見つからないと解ってるんだが、俺には気がかりなことがあった。まだたくさん残ってる生徒会の仕事だ。
いったん生徒会室に書類取りに行くか。いま残ってる作業は閉架書庫でも出来るだろう。戻すのは後で日本に頼めばいい。日本は不思議とその辺のあしらいが上手だからな。
そう考えて俺は生徒会室に戻ったんだが――
「んー? 何だ、初めて見る顔だな。お嬢さん」
「げぇっ!」
フ、フランス!? よりによってこの姿で遭いたくねぇ奴筆頭じゃねぇか! こいつ、何でこんな時間に生徒会室の前なんかにいやがるんだ!?
「ひょっとして転校生か? もう授業始まっちまってるぞ」
それを言うならお前もだろうが!
――と、叫びたいところを俺は必死で自制した。今の俺は女なんだ。普段の言葉遣いで喋ったらヤバい。
「あ、あなたこそ何で教室にいないんですか?」
よし、上手く抑えられた。
「俺のはちょっとしたアブセントって奴さ」
そうか、つまりサボりか。いつも思ってるけどこのワイン野郎、生徒会副会長のくせに全然なっちゃいねぇ。ってかこいつがもっと仕事すりゃ俺が泊まり込みなんてする必要無かったんだ。
「おいおい、お嬢さん。可愛い女の子がそんな怖い顔するもんじゃないぜ?」
はぁ? 俺が可愛いだぁ? フランスの奴目が腐ってんじゃねぇのか?
「もしかして俺の事警戒してるのかな? 大丈夫だよー、お兄さん全然怖くないよー」
嘘つけ!!
俺はお前ほど危ねぇ奴を他に見たことねえよ! 男も女も、すぐに見境無くセクハラするくせにどの口でモノを言ってやがんだ!
しかし、ツッコミ入れてぇ、とほんの一瞬でも思ったのが運の尽きだった。
「ぎゃあー!?」
突然、フランスに背後から抱きつかれる。
「うーん、目算よりちっちゃいな。普段からあんまりメシ食ってないんじゃないか?」
「そんな事ねぇ……ってどこ触って――!!」
こ、このやろ、ポンド相場を乱高下させる気か、よ。
「ちょっ、やめ、……っ」
「ここも成長が足りないな。お嬢さん、フランス領になったら俺が色々成長させて――」
「誰がなるかぁーっ!!」
「わー、後頭部の頭突きから体勢変えて鳩尾への肘鉄、腹に膝蹴りの流れから更に容赦ない踵落としのコンボ!」
「そりゃこいつとの肉弾戦で負ける気はしねぇ――って!?」
フランスを沈めたと思ったら次はセーシェルか!? 何でこう都合の悪い奴ばっか次々出てくるんだよ。
「でも良かったです、痴漢の魔の手から急いで助けなきゃ、でも私じゃ返り討ちかなー、って思ったんで」
良かった、不振がられちゃいないみたいだ。それにこいつ、俺を心配してくれてんのか?
何か一気に脱力した俺はその場に座り込んだ。
「あちゃー、気が抜けちゃいました? やっぱ怖かったですよねぇいきなり変なオッサンに抱きつかれたら。でも咄嗟にあれだけの反撃出来るなら大丈夫っすよ。そういえば初めましてですよね? ひょっとして転入生ですか?」
「おーい、セーシェル。ボールまだかい?」
「ひっ!」
その声を聞いた瞬間、情けない事に俺は今日何度目かの悲鳴を飲み込んだ。
「あっ、すいませーん。ちょうど痴漢現場を目撃しちゃいまして」
「何だいそれは――あ、フランスだ」
俺は、咄嗟に顔を伏せた。
「これは見事に撃沈してるなぁ。セーシェル、君がやったのかい?」
「違いますよ。この子が反撃したんです。すっごく華麗な動きでしたよ。まるで日本さんとこのゲームみたい」
「ゲーム! それは俺も見てみたかったぞ!」
「いや、そこは見てないで助けろよ……」
しまった、喋り方直すのうっかり忘れちまってた。
案の定セーシェルと、そしてアメリカが不思議そうな表情で俺の顔を見つめた。
- to be continued -
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