Arthurine - その3

08/02/05

「確かに君の言うとおりだな!」
「そーですよアメリカさん。困ってる女の子放っといちゃヒーロー失格じゃないっすか」
 幸い、アメリカもセーシェルも俺の言葉遣いには特に注意を払わなかった。
 こいつらが単純でよかった……。次からは気をつけねぇと。
 そう思って俺は内心胸を撫で下ろしたが、即座に次の試練がやってきた。
「ねぇ君、名前は何て言うんだい?」
 うわ、アメリカの奴凄ぇ興味津々って顔してやがる。
 どうすんだ、俺――正直に名乗るのは論外だし、兄弟の名前騙っても、うちが男兄弟なのはみんな知ってる。
 だがここで詰まったままだとアメリカ達に疑われるのは目に見えていた。

「ア、アーサリン……日本領……」

 半ばやけくそに開いた口から飛び出したのは、俺の人間としての偽名「アーサー」の女性形だった。稀少名だからこいつらが知ってる可能性は低いだろうが、ばれないよな?
「日本領!? いつの間に彼は君みたいな子を捕まえてたんだろう」
……食いついたのはそっちか。日本が自分を使っていいって言ってたから咄嗟に付け加えたんだが、それが俺にとって都合がいい方向に働いたようだ。やっぱり日本には感謝してもし足りない。それでもどっか不安だが――。
「あー……確かに言われてみれば日本さんの趣味かも。このニーソックスとか」
「そうなのかい? セーシェル」
「あの人が読んだり描いたりしてる漫画によく出てきますからね。アーサリンちゃん、その制服って倉庫に置いてあった奴じゃないっすか?」
 俺が頷くとセーシェルが半笑いの表情になった。
「……私、初めてイギリス領で良かったって思ったかも」
 何だよ、こっちの不安を更に煽るような言い方しやがって! しかも俺を引き合いに出すなよ!

「何だかよく解らないけど、それって正義に反する事かい?」
「さぁ、人によるんじゃないですか? あ! それよりアメリカさん、ボールボール!」
「そうだった!」
 アメリカは生徒会室のノブを乱暴に回して、開かないぞ、と言った。
「セーシェル、君、鍵を持ってないのかい?」
「持ってませんよ」
 そりゃ、雑用係に大事な物を持たせるわけがねぇよ。
「困ったな……」
「どうしましょう……」
 二人の表情は、やたら深刻だ。生徒会長である俺は当然、今だって鍵を持ち歩いているが、それをこいつらに言うわけにはいかない。少しでも疑われる要素は排除した方が良い。
 そうだ。もう一人、鍵を持ってる奴がそこにいるじゃねぇか。
「あの、そっちで伸びてる人は」
「あっ! 確かにフランスさんなら絶対鍵持ってますよ! いま気絶してますし、ポケット探るチャンスですよ」
 セーシェルが言うとアメリカは渋い表情をした。
「それ、すごーくヒーローらしくないぞ」
 俺としてはフランスなんか追い剥ぎしたってどうしたって構わねぇと思うんだが、アメリカのヒーロー論の適用範疇には一応奴も含まれているらしい。
「でも、生徒会室に入らないと私たち身の破滅なんですよ? どうせフランスさん相手だしこの際やっちゃいましょう――うー、こっちがフランスさんのお尻を触る日が来るとは思わなかったわ」
 セーシェルはフランスのズボンのポケットを漁って鍵を引っ張り出し、ドアの鍵を開けた。

「アメリカさん、あります?」
「うーん、ぱっと見じゃ見つからないぞ。ここ無駄に家具が多いから、どこかの下に潜り込んじゃってるかもしれないぞ」
「まゆげ野郎に見つかる前に何とか発見しないと……」
――は? 俺?
「それ、ってどういう事――うわ!? な、何なんだよあれ!!」

 後から生徒会室に入った俺が見たものは、ど真ん中に穴が開いてひびの入った窓ガラスだった。
「実は、合同体育の授業が野球だったんですけど、試合中に打球がここに突っ込んじゃって……」
 おい、グラウンドのホームベース位置からここまでは相当な距離あるぞ!? 一体どんな馬鹿力で打ったらこうなるんだよ。
「ちょっと角度がずれちゃったんだよなぁ。なかなかベイブみたいにはいかないよ」
 っつーことは、犯人はアメリカか。いや、どのみちこいつしか可能な奴は考えられないんだが。
「生徒会室の窓を割っちゃったなんてイギリスさんに知られたら超やばいんで、授業時間中にボール回収してばっくれよう、って事になったんですよ。あの人怖いし横暴で何するかわかんないし」
「俺は別にイギリスなんか全然怖くないけど、機嫌の悪い彼はきゃんきゃん煩くて、相手するのが面倒だからね!」
……ほーう。お前ら、俺の事をそういう風に思ってんのか。
「アーサリンちゃんも気をつけて下さいねー。あの人出会い頭にいきなりヒトを植民地にするような奴ですし、或る意味フランスさん以上の危険人物っすよ」

 うわぁぁぁ、すげーストレス溜まる! 俺が女になってなきゃ滅茶滅茶に喚き散らしてぇとこだ!!

「あ、震えてる。やっぱ怯えちゃいますかね?」
 違ぇよ!
 この拳は怒りで震えてるんだよ!
「でもアーサリンちゃんなら大丈夫ですよ! あんな凄い格闘テクニック持ってるんですからまゆげ野郎なんか一発KOですよ」
 俺が俺にのされるなんてありえねぇよ。
 危ないとしたら、まずドイツだろうが、正体が俺だと知らない限り、女にいきなり攻撃を仕掛けてくるような奴じゃない。それに女の俺は日本領って事になってるしな。けどロシアは誰の植民地だろうが、男だろうが女だろうが容赦ねぇからヤバい。
 あと、俺が戦って負けるかも知れねぇ奴は――。

「君、すごーく強いらしいのに、何で日本領になっちゃったんだい?」

 まずい、設定が矛盾起こして変な事になりかけてやがる。
「う……」
 ここは何て答えるべきだ? 脅し? 不意打ち? 下手なこと言って日本の名誉を傷つけるわけにゃいかねえし。
「アメリカさん! ボールありましたよ!」
「本当かい!?」
 途端にアメリカの興味はそっちに逸れて、この話題は幸いにも曖昧になった、

- to be continued -


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