「おい。マット、朝だぞ」
「う……あ、アーサーさん、おはようございます」
――僕の朝は、いつもこうして始まる。
「ほんっとにお前の方は手間がかからなくていいな。朝食出来てるから、着替えたら先に食ってろ」
僕が肯くと、アーサーさんは次はあいつか、と溜息を吐きながら僕の部屋から出て行った。
高校の制服に着替えて階下に降りると、アーサーさんが言った通りダイニングのテーブルには朝食の準備が出来ていた。かりかりのトースト、ベーコンにソーセージ、ベイクドトマトに半熟卵……朝だけは普通に美味しいんだよなぁ。三食全部朝食のつもりで作ればいいのに、と時々思うんだけど、アーサーさんは自分の料理を誉めて貰えない事(我ながらまるで菊さんみたいな言い回しだ)をひどく気にしてるから、僕はこの意見を口にしたことがない。尤も、空気を読むのが嫌いな僕の双子の兄は、面と向かって言っちゃうんだけど。
「だーかーら、いい加減起きろって言ってんだろ!」
上から幽かにアーサーさんの声が聞こえてくる。まだ苦戦しているらしい。アルは多分わざとやってるんだろうけど、アーサーさんに教えたら後で痛い目に遭う事確実だ。まったく、いつもいつも、あいつは僕を何だと思ってるんだろう。
「うわぁぁぁっ!? な、何すんだばか!」
……あぁ、やっちゃったな。
そんな事を考えながらトーストを囓っていると、顔を真っ赤にしたアーサーさんが降りてきてキッチンに隠れてしまった。暫くして、適当に着替えたアルが平然とした態度でやってきて、僕の向かいに座る。
「おはようアル」
「おはよう」
「君、朝からやりすぎだよ」
「俺はチャンスは逃さない主義なんだぞ」
アルは全然悪びれない。アーサーさんが必死で僕に隠そうとしてるのを気付かないふりするの、どれだけ大変だと思ってるんだ。
僕、マシュー・ウィリアムズと双子の兄のアルフレッド・F・ジョーンズが父方の遠縁に当たるアーサー・カークランドさんと同居するようになってから、もう何年も経った。
僕達双子の姓が違う事も含めて、それには色々と事情があるんだけど、僕達三人は上手くやっていけてると思う。
ただ一つ、アルが本気でアーサーさんを好きになってしまったことを除いては。
僕にはわがまま放題なアルが珍しく神妙な顔をして僕の部屋に相談に来たときの事ははっきりと憶えている。
『マット。アーサーと一緒にいるとどきどきして、すごーく苦しくなるんだけど、これってどういう事だと思うかい?』
それからアルは聞いてるこっちが恥ずかしくなるような事を次々と話して、でも理由がわからない、と締め括った。相手がアーサーさんである事を除けばどう考えても恋してるようにしか聞こえなかったから、僕が正直に感想を言うとアルは『なんだ、そうだったのか!』とあっさりと自分の気持ちを肯定してしまった。
それからアルは僕に、アーサーさんに今の話を秘密にする事を約束させ、ついでに『いくら双子でも、マットまでアーサーを好きになっちゃ駄目なんだからな!』と脅した。
以来アルはアーサーさんを口説き落とすために色々とやっている。今朝も、きっと起きあがるついでに不意打ちでアーサーさんにキスでもしたんだろう。
「お、おい! 二人とも食べ終わったか?」
何とか平静を装うとしているアーサーさんが僕達の様子を見に来た。でもアルじゃなくて僕の方を向いているあたり、まだ動揺してるみたいだ。そしてついでにアルからの視線が痛い。こいつ僕より後から食べ始めたのに、もう完食してるじゃないか。
「は、はい」
「だったら早く支度して学校行けよ。遅刻するぞ」
「まだ全然余裕あるじゃないか」
「そう言っていつもギリギリまで居残って走る羽目になってんじゃねぇか!」
アーサーさんが怒鳴ると、アルはぷぅ、と頬を膨らませた。
- to be continued -
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