「イギリス! 君のまずいスコーンを食べに来てあげたぞ!」
アメリカは、いつものように勝手にイギリスの家に侵入して大声を張り上げた。しかし、うるせぇ勝手に入ってくんなばか、というおきまりの返事が返ってこない。
「イギリスー?」
ひょっとして彼はどこかに出かけているのだろうか、と思う。だとしたら随分と不用心だが、特技の一つだと断定できるほど忘れ物の多いイギリスのこと、鍵を掛けるのを忘れた可能性は否定できない。
(つまんないなぁ)
今日は、イギリスの家に押しかけてスコーンを食べた後、彼を連れ出して海に行く予定だったのだ。無論、イギリスの反対意見を認めるつもりは無いし、そもそも頭の中で描いたプランを曲げられる想定はしていない。
今度逢ったときはイギリスの揚げ足を取って思いっきりからかってやろう。ならばこれから、どうするか。結論はすぐに出た。
「……やっぱりヒーローとしては、悪い奴がいないかどうか見回るべきだよな」
そう独りごちてアメリカは、イギリス邸の中を歩き回った。一階にはひとの気配も、荒らされた様子も無かった。だが安心は出来ない。「連合王国」にとって見られたらまずいものは、書斎のある二階に集中しているのだから。
階段を上りきると、どこかから笑い声のようなものが聞こえてきた。
(イギリス?)
イギリスの声を、アメリカが聞き間違えることなど有り得ない。イギリスはずっと、二階の自分の部屋にいたのだ。しかもそこで、アメリカの訪れに気がつかないほど、先客と楽しそうに話しているのだ。相手は彼の唯一の友達である日本だろうか。もしフランスだったら、ちょっと自分を押さえつける自信が無い。
イギリスのベッドルームのドアは僅かに開いていて、そこから声が聞こえる。ちょっとヒーローらしくないけれど、アメリカはその隙間から中を覗った。
「あはは… もーお前らってば……」
イギリスは、何もないところに向かって笑いかけながら、虚空を手で掻き回すように動かしていた。
「君、また幻覚見てるのかい!」
思わず叫んで室内に乱入すると、イギリスは驚きのあまり肩を大きく一度、震わせた。
「うわなんであめりか!?」
「予定変更だぞ。君を一刻も早く病院に連れて行かなきゃ!」
「病院って、妖精はほんとにいるんだって言ってんだろばか! そもそも予定って何なんだよ!」
憤慨したイギリスがベッドから立ち上がる。振り上げた腕をアメリカは容易く掴んだ。
「まったく、誰もいないと思ったら幻覚と会話してるなんて信じられないよ」
「だから幻覚じゃないんだよばかぁ!」
「しかも俺が来たことに気付かないし」
言葉にしたら、なにかがすとん、と腹に落ちた。
すごく単純な自分はイギリスが幻覚を本気で信じていることより、自分が優先されなかったことのほうに腹が立っているのだ。
更に悔しいことに、アメリカの表情の変化をイギリスに読み取られてしまったらしい。
「何だよお前。妬いてんのか?」
鬼の首を取ったようなイギリスの笑みがアメリカのかんに障る。今のアメリカはどんなことであれ、イギリスに優位に立たれるのは好きじゃないのだ。
だってもう、彼に庇護される弟ではないのだから。
自分がイギリスを守って、引っ張っていくと決めたのだ。反対意見は認めない。
アメリカはイギリスの腕を引き、強引に部屋から出ようとする。
「いっ痛ぇ! 何すんだばか!」
「君はこれから俺と一緒に海に行くんだぞ!」
「海!?」
イギリスは目を丸くしたが、無視する。
まずは諦めかけていた「予定」を、完遂するところからだ。
- 了 -
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