「イギりちゅ、イギりちゅ」
舌足らずな声で自分を呼びながら、おぼつかない足取りで幼児が追ってくる。振り返ってイギリスは目を細めた。
イギリスが立ち止まるとアメリカはそのままの勢いで体当たりしてきた。小さな腕を目一杯広げ、イギリスの脚にしがみつく。
「いっちゃやなんだぞ!」
「行かねえよどこにも」
それでもアメリカは不安げな瞳でイギリスを見上げた。大人と子供の歩幅の違いは大きい。少しでもイギリスが歩くと置いて行かれると思うのだろう、必死でついてこようとする。まるでひよこのようだ、とイギリスは思った。
「――おい! てめぇ少しは速度落とせよ」
「別に、俺は普通に歩いてるだけだぞ!」
歩調を倍以上にしてやっと追いついたイギリスに対してアメリカは、いかにも意地の悪い笑みを向けた。
「君もいい加減いい年してるから体力落ちてるんじゃないかい?」
「うっせーよばか!」
イギリスは怒鳴ったが、アメリカは意に介さず再び歩き出した。
濃色の金髪が、歩を進める度に幽かに揺れる。
不意に、その色からの連想でイギリスはかつての記憶を薄く思い出した。
(ひよこはすぐにデカくなって凶悪な顔つきになるんだよな)
まるでアメリカそのものだ。あっと言う間に成長し、今では可愛げなところなど見つからない。いっそ憎たらしいほどだ。
またアメリカとの距離が開き、イギリスは足を速めた。アメリカに置いて行かれないように。
今このとき、自分の方がひよこのようだとはプライドに掛けて思いたくなかった。
- 了 -
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