「湯たんぽか――はっ」
イギリスは、自嘲めいた笑いを漏らすと手にした本を脇に落とした。ソファの上で、開いたページが緩く折れたかたちで伏せる。
それはかつて海外から移住してきたとあるしんぶん君が書いたエッセイ集だった。
「……ムカつくけど的を射てるな」
大陸の連中にはセックスライフがあり、一方でイギリスにあるのは湯たんぽだというジョークの一文。誰とは言わないがあの変態ヒゲ野郎はまさにその通りのイメージだし、友人すら少なく人付き合いが苦手だという自覚のある自分を上手く揶揄している。そう言えば別の作家にもロンドンを独身男達の大都会だと書かれてしまった。フランスらにからかわれるのは慣れているが、国民達にも言われているとなれば、降参して笑うしかない。
イギリスが脇の本を拾おうとしたとき、玄関の呼び鈴がけたたましい音を立てた。
「あーもう、うるせぇなぁ!」
間断なく繰り返される、旧式のブザー音。それだけで訪問者が誰なのか判る。イギリスは不機嫌な顔で玄関先に赴き乱暴にドアを開けた。
「アメリカ。呼び鈴のスイッチ連打すんのはやめろっていつも言ってんだろ!」
「君の反応がいつも鈍いのがいけないんだぞ! 俺が来て三秒でドアを開けてくれたら君もうるさい思いをしなくてすむぞ」
「出来るかばかぁ!」
これが他の国であれば、即座に自宅の敷地から叩き出しているところだ。しかし無意識の何かがイギリスを阻んでいるのか、アメリカに対してはつい、甘い態度を取ってしまう――本当は、自分でもちゃんと解っている。言葉には出来ないだけだ。
「で! アポ無しで突然来やがるとは、どういうつもりだ?」
「君んちって湯たんぽしか無いんだってね」
最初アメリカが何を言っているのか解らず眉根を寄せたイギリスであったが、じきに自分がつい先程まで読んでいた本の内容を指しているのだと悟った。
「お前もあれ読んだのかよ……それでご丁寧にもからかいに来たってわけか?」
するとアメリカは明るく、違うぞ! と言った。
「俺はイギリスの湯たんぽになりに来たんだぞ!」
「はぁ!?」
何言ってんだお前、とイギリスが問う前にアメリカに抱き締められる。
「寂しい独り者の君のために、俺が一緒に寝てあげるよ」
瞬時に、イギリスの顔が真っ赤になる。
「うわー、君、耳がすごーく熱くなってるぞ」
「おっ、おおおおおま何いいいいって」
顔に掌を沿わされて、イギリスは壊れた玩具のような、不自然な動きで肩を震わせた。
「君の気持ちなんてとっくの昔にバレバレだぞ。でもね、不本意な事に俺も、湯たんぽに君を取られたくないと思うぐらいには、同じなんだ」
ああでも今の君のほうが湯たんぽみたいだね、とアメリカはによによと笑った。
- 了 -
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