イワンは落ち込んでいた。ジェイク事件以降とんとご無沙汰だったが、自分のブログが炎上したのだ。コメント機能は既に一時停止状態にしたものの、潜入捜査でやっと折紙サイクロンにしか出来ないヒーローの在り方を見つけ、漸く長いネガティブ時代を脱したイワンには久々に投げ付けられた罵倒の数々は大変に堪えた。
「どうしたんだい折紙君」
「スカイハイさん……」
トレーニングセンター休憩室のベンチの上、膝を抱えていたイワンに声を掛けてきたのはキースである。以前強くなる方法について相談して以来、彼は何かとイワンを気に掛けてくれる。
ただ、彼は近年稀に見る根っからの天然のため、どうにも困惑させられることが多いのだが。
「ヒーローである我々が元気を無くしていては市民に示しがつかないと私は考える。良ければ私に君が落ち込んでいる理由を話してくれないだろうか」
「いや……えっと……」
「不満かい?」
少々悲しげなキースの表情に罪悪感を覚えるが、いまイワンが落ち込んでいるのはネット上での罵詈雑言で、その方面が得意そうには見えないキースに良い対処法が思い付くとは失礼ながらイワンには思えなかった。
「自分に出来ることはもうやりましたから……あとは僕の気持ちの切り替えの問題だから、自分で何とかします」
ふむ、とキースは自らの頤を、撫でる。彼は自主努力と言うフレーズが好きであることをイワンは以前の一件で学習済みだ。
「では……私も私に出来ることをしよう。少々待っていてくれ」
キースはそう言って一旦ロッカールームに戻り、少しして再び休憩室に現れた。右手を背中に回して何やら隠している。
「折紙君。両手をこう、出したまえ」
「は、はい」
キースの左手のジェスチャーに従いイワンが両方の掌を揃えて差し出すと、キースは隠していた右手を出してイワンの両手に被せた。かさかさ、ちくちくする複数の何かが載せられる。
キースから渡されたのは、ビタミンカラーの包装がされたキャンディだった。
「レモン味……」
「そうとも! 人間――」
「……糖分とクエン酸さえ在れば何とかなる、でしたっけ?」
これまた例の件でキースが口走った迷言を出すと、キースの顔がぱっと輝いた。
「折紙君がそれを憶えていてくれて嬉しい。実に嬉しい! これを舐めて頑張ってくれたまえ。君が悲しそうな顔をしていると、私も寂しい、とても寂しいから」
――反則だ、とイワンは思った。
無邪気な笑顔から一転、あんな切なげな表情で、いつもより低めの紳士的な声で囁かれたらくらりとくる。
(……だから、スカイハイさんは今でも僕の憧れなんだよなぁ)
とくとく鳴る鼓動を誤魔化すように、イワンはキャンディの包みを一つ破って口に放り込んだ。
- 了 -
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