グッコミ無配(牛空)

11/08/28

 ペット関連の書棚の前でアントニオは足を、止めた。周囲に知り合いが居ないのを幾度も確かめ(自分の容姿が可愛らしい愛玩動物を飼うという柄には見えないことなど、悲しいかなアントニオ自身よく解っていた)、タイトルを見ようと背中を屈める。
 犬や猫に関しては、メジャーな品種毎に飼い方の本が出版されているようだった。それらの中にゴールデンレトリバーを扱った本を発見し、手を伸ばす。
 ゴールデンレトリバーは、アントニオの恋人が家族として大変に可愛がっているジョンの犬種だった。
 最近では互いの家をよく行ったり来たりしているので、アントニオが恋人の家に行った際は、家主が忙しくしている間にジョンの相手をする。ジョンは人懐っこく賢い犬なので、ペットを飼ったことのないアントニオでも苦労することなく接することができるのだが、少しでも多く知識を付けておいたほうが何かと良いだろう。

 いずれ恋人と一緒に住むすることもあり得るのだから。

 薔薇色の同棲生活を想像するだけでこの強面の男は初な少年のように顔を赤くした。我に返り、慌てて本を持ちレジに向かう。
 今日は、恋人の方がアントニオの家に来ている筈だった。

「アントニオ君おかえり! そして、おかえりなさーい」
 ドアを開けるなり視界に飛び込んできた、恋人の笑顔。
「お前、それ虎徹に言ったのと同じ口調だろ」
 つい昨日仕事に復帰した親友への挨拶を思い出してアントニオは苦笑する。どうやらあの言い方を気に入ったらしい。だが、恋人はアントニオの反応に気分を害したようだ。
「アントニオ君。君は大事な事を忘れていると私は思う」
 いつも笑顔を絶やさぬ男の、こんな拗ねた表情はきっと自分しか見れないのだろうとアントニオは、思う。彼には自分より遙かに多いファンが居るが、誰も知らない彼を独占できるのは自分だけだ。
 だが、ここはまず恋人のご機嫌を取らなければならない。
「ああ――ただいま、キース」
 サングラスを取りながらアントニオが言うと、キースは再び満面の笑顔を取り戻して両腕を広げ、アントニオに抱きついた。
 ぎゅうぎゅうと抱き締められてアントニオは、キースの蜂蜜のような髪を撫でる。そこに犬の耳が生えていても多分違和感は感じないだろう。アントニオには、キースが全力で存在しないはずの尻尾を振っているのが見えた。
 思う存分アントニオの抱き心地を堪能したらしいキースは、腕の力を緩めてアントニオを見上げた。
「キッチンは借りたよ。テーブルの準備はすぐにできるから、少しだけ待っていて欲しいんだ」
「おう、サンキューな」
 アントニオの感謝に頬を染めたキースはキッチンに消えた。アントニオはダイニングテーブルの椅子に座り、先程買ったゴールデンレトリバーの飼い方のページを開いた。穏和で人懐こく、賢い犬。キースによく似ている。キースが犬に似ているのか。
「……あいつの飼い方は、俺だけが知ってればいいよな」
 少々おこがましい表現だが、キースとはずっとずっと、良いパートナー同士でいたいと言うのはアントニオの嘘偽り無い本心だった。

- 了 -


 何だか書いていて牛空が一番リリカルな感じがする。二人ともただただ可愛いからか。

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